日本の株式市場において、これほどまでに象徴的な瞬間はそう頻繁に訪れるものではありません。日本の重厚長大産業の雄である三菱重工業(7011)が、ついに株価5,000円という心理的かつ歴史的な大台を突破し、その領域に定着しようとしています。2026年2月に入り、同社の株価は上場来高値を更新し続け、直近の終値は5,107円を記録しました。この動きは単なる数字の通過点ではなく、日本経済における「国策」の意味合いと、産業構造の変化を投資家がどのように評価しているかを示す重要なバロメーターと言えるでしょう。
まず、投資判断の基礎となるテクニカル分析の指標から、現在の市場心理を読み解いていきます。現在、三菱重工のRSI(相対力指数)は14日ベースで67.86を示しています。一般的にRSIが70を超えると「買われすぎ」と判断されますが、現在の67.86という数値は極めて興味深い水準です。これは、市場が過熱しきる手前の「最も勢いがある状態」を示唆しているからです。完全に過熱して反落するリスクが高い危険水域には達していないものの、投資家の買い意欲が非常に旺盛であることを裏付けています。さらに、総合的な分析スコアが「92」という極めて高い数値を叩き出している点は見逃せません。これは、テクニカルな株価の勢いだけでなく、ファンダメンタルズの裏付けがあることを意味しており、投機的なマネーゲームではなく実需に基づいた力強い上昇トレンドの中にいることを示しています。
この株価上昇の背景には、明確なファンダメンタルズの裏付けがあります。2026年2月4日に発表された第3四半期累計決算は、売上高が3兆3,269億円、純利益が2,109億円と、市場の期待に応える堅調な内容でした。特筆すべきは、通期業績見通しの上方修正が行われたことです。企業が年度末を控えたこの時期に見通しを引き上げることは、経営陣が現在の事業環境に対して強い自信を持っていることの表れであり、これが投資家の安心感を醸成しています。加えて、年間配当予想が前期の23円から24円へと増配されたことも、株主還元への積極的な姿勢として好感されています。
しかし、三菱重工を語る上で欠かせないのが、やはり「国策銘柄」としての側面です。最近のニュースでも報じられている通り、高市自民党の圧勝という政治的背景は、防衛予算の増額や宇宙開発プロジェクトへの注力を加速させる要因として市場に織り込まれています。防衛・宇宙セグメントは、もはや景気変動の影響を受けにくい安定的な収益源へと変貌を遂げつつあります。世界的な地政学リスクの高まりの中で、国家の安全保障を担う同社の役割は増しており、これが中長期的なプレミアムとして株価に上乗せされているのです。エネルギー分野においても、原子力発電の再稼働や次世代炉の開発といったテーマが、脱炭素社会の実現という文脈で再評価されています。
一方で、投資家は冷静な視点も忘れてはなりません。株価は直近の安値である4,465円から短期間で急騰しており、1年で2倍以上という上昇率は、さすがに短期的な過熱感を否定できません。アナリストの間でも、フェアバリューの推定値には幅があり、現在の株価水準が将来の成長をどこまで「先取り」しているかについては意見が分かれるところです。特に懸念されるのは「実行リスク」です。大型プロジェクトの遂行においては、サプライチェーンの混乱やコスト増、納期の遅延といった問題が常に付きまといます。過去に民間航空機事業で苦渋を味わった経験があるだけに、市場は同社のプロジェクト管理能力に対して依然として厳しい目を向けています。また、好材料が出尽くした後の「材料出尽くし売り」や、全体相場の調整局面での利益確定売りが出やすい水準であることも認識しておくべきでしょう。
結論として、現在の三菱重工は、強力なモメンタムと確固たる国策テーマに支えられた「買い」の局面にあると言えますが、エントリーのタイミングには慎重さが求められます。RSIが70に接近している現状では、短期的な押し目を待つのが賢明な戦略かもしれません。しかし、5年、10年という長期的なスパンで見れば、防衛、宇宙、エネルギーという国家の根幹を支える事業ポートフォリオは、他の銘柄にはない圧倒的な強みです。短期的には5,000円台での値固めが進むかどうかが焦点となりますが、この水準を維持できれば、次のステージへの扉が開かれることになるでしょう。投資家にとっては、日々の値動きに一喜一憂するのではなく、同社が描く成長シナリオが着実に実行されているかを四半期ごとに確認しながら、じっくりと腰を据えて向き合うべき銘柄だと言えます。