株式市場には時折、静寂を破るようにして存在感を放ち始める銘柄があります。日本の総合化学メーカーの雄、旭化成(3407)がいま、まさにそのような局面を迎えていると言えるでしょう。長らく「安定はしているが成長力に欠ける」と見なされがちだった同社ですが、直近の市場データと決算内容は、投資家がこれまでの認識を改めるべきタイミングが来たことを告げているようです。なぜ今、旭化成なのか。テクニカルなシグナルとファンダメンタルズの変化、その両面からこの老舗企業の現在地を紐解いていきます。
まず、トレーダーたちが注目するテクニカル指標の動きから見ていきましょう。現在の旭化成の分析スコアは「87」という極めて高い数値を叩き出しています。これは市場における買い圧力が非常に強く、投資家のセンチメントが肯定的であることを示唆しています。特に注目すべきは、RSI(相対力指数)が14日ベースで68.64という水準にあることです。投資の教科書通りにいけば、RSIが70を超えると「買われすぎ」の警戒ゾーンに入りますが、現在の68.64という数字は絶妙な位置にあります。これは過熱感による反落を恐れる段階というよりは、むしろ強い上昇トレンドの真っ只中にあり、買いの勢いが依然として続いていることを意味しているからです。
実際、最近の変動率はプラス4.8%を記録しており、株価は明確な上昇気流に乗っています。この動きは単なる投機的なものではなく、裏付けとなる実需が伴っている可能性が高いでしょう。RSIが70の壁を突破し、そのまま高水準を維持できるかどうかが、短期的なトレンド継続の試金石となりますが、現時点でのモメンタムは強気派に有利な状況と言えます。
では、この株価上昇を支えている背景には何があるのでしょうか。その答えは、先日発表された決算内容に隠されています。2025年度第3四半期(4-12月期)の業績は、市場の予想を上回るポジティブなサプライズを含んでいました。特筆すべきは利益面での劇的な改善です。売上高こそ前年同期比で微増にとどまったものの、純利益は22.7%増の1,206億円、直近12ヶ月の利益成長率は驚異の87.9%増を記録しています。これは、同社が進めてきた構造改革やコスト管理、そして高付加価値製品へのシフトが結実しつつある証左です。
これまで旭化成の課題とされてきたのは、利益率の低迷でした。しかし、直近12ヶ月の純利益率は5.2%まで改善しており、前年の2.8%からほぼ倍増しています。マテリアル(素材)、住宅、ヘルスケアという3つの異なる事業領域を持つコングロマリットとしての強みが、不安定な世界経済の中でリスク分散機能として働きつつ、稼ぐ力を取り戻しているのです。会社側も通期の純利益見通しを1,450億円へと上方修正しており、経営陣の自信が窺えます。
バリュエーション(企業価値評価)の観点からも、興味深い矛盾が見て取れます。現在の株価収益率(P/E)は14.2倍と、化学業界平均の13.3倍と比較してやや割高に映るかもしれません。しかし、将来のキャッシュフローに基づいた本質的価値(DCF法)による試算では、適正株価は2,789円付近と算出されることもあり、現在の1,600円台の株価は「大幅なディスカウント状態」にあるとも解釈できます。市場はまだ、旭化成の利益回復の持続性を完全には信じ切れていないのかもしれません。アナリストの平均評価が「Hold(中立)」にとどまっているのも、過去5年間の利益成長率がマイナスであったという長期トレンドへの警戒感が残っているためでしょう。
投資家として考慮すべきは、この「市場の懐疑心」と「実際の業績回復」のギャップです。リスク要因としては、売上高の成長率が業界平均を下回る予測が出ている点が挙げられます。トップライン(売上)が伸び悩む中での利益増は、コスト削減効果が一巡した後に頭打ちになる恐れがあるからです。また、化学業界全体が直面する原材料価格の変動や、世界的な景気減速の影響も無視できません。
しかし、ポジティブな側面に目を向ければ、配当利回りは安定しており、株主還元への意識も高い企業です。テクニカル分析が示す強い買いシグナルは、市場が「過去の停滞」よりも「現在の回復」を評価し始めていることの表れかもしれません。もし株価が直近の高値を明確に上抜け、RSIが高値圏で安定して推移するようであれば、それは長期的な上昇トレンドへの転換点となる可能性があります。
結論として、現在の旭化成は「守りの銘柄」から「攻めの銘柄」へと脱皮しようとしている過渡期にあります。短期的にはテクニカル主導での上昇余地があり、中長期的にはDCFモデルが示すような本来の企業価値への回帰が期待できます。ただし、そのためには数四半期にわたって利益成長がフロックではないことを証明し続ける必要があります。投資家にとっては、単に指標を追うだけでなく、次の四半期決算で「売上を伴った利益成長」が確認できるかが、保有を継続するか否かの分水嶺となるでしょう。静かなる巨人が完全に目を覚ましたのか、市場はその答えを固唾を飲んで見守っています。